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| 「霊気療法」を述べるのなら、早くやり方を教えろ、・・・との声が聞こえそうですが、ちょっと待って頂きたい。 「霊気療法」の初歩から奥義までを完全にマスターするには、まず第一に「霊気療法」が出来る体にならなくてはいけないのです。 そのための方法として、霊修養の順序を公開したいともいます。 霊気療法を実行するには、まず手掌よりの発霊を第一とします。 そして、発霊した手掌を病気に箇所にあてて、病気を治すのが第二です。 手掌より発霊し、それが自分で判るようになるためには、本編の修養の順序を踏み、五日間継続修養をもって一修養とし、これにより一定の治癒能力を得られますが、この修養を何度も繰り返すことにより治癒能力はますます熟練します。 これを、伝統霊気では「五日修養」と呼びますが、五日修養は一生のうちに1回だけすればよいと言う説もあります。 しかし、回数を重ねると確実に治癒能力は向上しますので、繰り返し修養されることをお勧めします。 以下にその修養法を記します。 習得法 (一)静座 霊気療法を習得するにはまず静座をして心身の平静統一を図る必要がある。 最初、静座するには静かなところを選ぶか、夜分の静まった時間を利用するのが有利である。 イ)正座でも片膝ついた坐禅でも自由であるが、臍下丹田を圧迫しないようにすることが大事である。 (現代的に言えば、椅子でもOKだろうと思います。) 正座のときは両膝頭を少し開く。 ロ)長時間の静座にも堪えられるよう、脊椎はなるべく垂直にすることが望ましいが、あくまでも自然体で、無理に垂直にしてはいけない。 ハ)瞑目、 開眼は雑念を招き、精神散乱しやすいので瞑目とする。 (二)合掌 静座したら、合掌に移る。 この行の目的は、心の力である霊気を手掌に集結させることである。 肩と肘に力を入れないように両手を合わせ、肩は下方に下げる気持ちで、臂は軽く両脇下に接して合掌を支える。 五指は揃えて両掌を軽く接着し、掌内に真綿を挟んだような意識を持つ。 (三)浄心法 静座合掌の姿勢が出来たら、浄心法といって、一層精神を清浄にし、統一するために「明治天皇の御製」を一首奉読し、この御製にあらわれた大御心に自分の心を照らして、直ちにこれを奉体する。 (二首 例を挙げます) いかならむ ことにあひても たゆまぬは わがしきしま(磯城島)の 大和魂 あさみどり すみわたりたる おおぞらの ひろきをおのが(広きを己が) こころ(心)ともがな (私見ですが、本来求められているものは無念無想ですが、これはなかなかその境地にはなりきれないものです。したがって無(ゼロ)に成れなければ、とりあえず1になれとの便法だと思います。つまり、一心に何かを唱えれば、雑念は浮かんでこないとの理論でしょう。したがって、必ずしも「明治天皇の御製」にこだわる必要は無いわけです。ちなみに、私は「虚空蔵菩薩の真言」、のうぼう、あきゃしゃ、ぎゃらばや、おん、あり、きゃーまり、ぼり、そわか・・・を唱えることをお勧めします。・・・・・微超能力を得られるからです。) (四)発霊法 このようにして精神が清浄になったら、この精神を忘れず静座を継続すると心が自然に清くなり、合掌している手掌に温熱が湧出してくるが、これを「霊熱」という。 さらに静座を継続すると、心身の調和が得られるに従ってさらに軽く電波様のものがピリピリと掌に感じてくるようになる。 この「霊熱」と「ピリピリと感じるもの(霊波と呼ぶ)」の合体がこの療法の主体となる「霊気」の発動である。 最初はこの感じが薄いが、段々静座が調子よくなるに従って強く感ずるようになってくる。 また、心身が調和するに従って、其の感じも敏感となり、これと反対に精神の調和が乱れるときは自然に消失する性質のものである。 静座は心身の調和を求める手段方法であるから、身体の中央、すなわち丹田に心を置かなければならない。 また、何事に境遇しても乱されないように調和の力を求めなければならない。 心身の調和力が整ってくれば、合掌の発霊もそれに伴って増加してくるものであるから、この心身状態を自分で練るのが静座の修養である。 静座の時間は一時間ぐらいが適当であるが、座ることに慣れない人は無理だろうから、段々なれるに従って時間を延長して行くのが良い。 最初この修養を始めたら、五日乃至七日連続するのが良い。
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