習得法

-習得法-
(一)静座
霊気療法を習得するにはまず静座をして心身の平静統一を図る必要がある。
最初、静座するには静かなところを選ぶか、夜分の静まった時間を利用するのが有利である。
イ)正座でも片膝ついた坐禅でも自由であるが、臍下丹田を圧迫しないようにすることが大事である。
(現代的に言えば、椅子でもOKだろうと思います。)
正座のときは両膝頭を少し開く。
ロ)長時間の静座にも堪えられるよう、脊椎はなるべく垂直にすることが望ましいが、あくまでも自然体で、無理に垂直にしてはいけない。
ハ)瞑目、 開眼は雑念を招き、精神散乱しやすいので瞑目とする。

(二)合掌
静座したら、合掌に移る。
この行の目的は、心の力である霊気を手掌に集結させることである。
肩と肘に力を入れないように両手を合わせ、肩は下方に下げる気持ちで、臂は軽く両脇下に接して合掌を支える。
五指は揃えて両掌を軽く接着し、掌内に真綿を挟んだような意識を持つ。

(三)浄心法
静座合掌の姿勢が出来たら、浄心法といって、一層精神を清浄にし、統一するために「明治天皇の御製」を一首奉読し、この御製にあらわれた大御心に自分の心を照らして、直ちにこれを奉体する。
(二首 例を挙げます)

いかならむ ことにあひても たゆまぬは わがしきしま(磯城島)の 大和魂

あさみどり すみわたりたる おおぞらの ひろきをおのが(広きを己が) こころ(心)ともがな

(私見ですが、本来求められているものは無念無想ですが、これはなかなかその境地にはなりきれないものです。したがって無(ゼロ)に成れなければ、とりあ えず1になれとの便法だと思います。つまり、一心に何かを唱えれば、雑念は浮かんでこないとの理論でしょう。したがって、必ずしも「明治天皇の御製」にこ だわる必要は無いわけです。ちなみに、私は「虚空蔵菩薩の真言」、のうぼう、あきゃしゃ、ぎゃらばや、おん、あり、きゃーまり、ぼり、そわか・・・を唱え ることをお勧めします。・・・・・微超能力を得られるからです。)

(四)発霊法
このようにして精神が清浄になったら、この精神を忘れず静座を継続すると心が自然に清くなり、合掌している手掌に温熱が湧出してくるが、これを「霊熱」という。
さらに静座を継続すると、心身の調和が得られるに従ってさらに軽く電波様のものがピリピリと掌に感じてくるようになる。
この「霊熱」と「ピリピリと感じるもの(霊波と呼ぶ)」の合体がこの療法の主体となる「霊気」の発動である。
最初はこの感じが薄いが、段々静座が調子よくなるに従って強く感ずるようになってくる。
また、心身が調和するに従って、其の感じも敏感となり、これと反対に精神の調和が乱れるときは自然に消失する性質のものである。

静座は心身の調和を求める手段方法であるから、身体の中央、すなわち丹田に心を置かなければならない。
また、何事に境遇しても乱されないように調和の力を求めなければならない。

心身の調和力が整ってくれば、合掌の発霊もそれに伴って増加してくるものであるから、この心身状態を自分で練るのが静座の修養である。

静座の時間は一時間ぐらいが適当であるが、座ることに慣れない人は無理だろうから、段々なれるに従って時間を延長して行くのが良い。
最初この修養を始めたら、五日乃至七日連続するのが良い。

次に、五日計画の修養要領です。
-五日修養-
第一日
前述の要領で三十分位静座する(一時間出来れば有利である)
この時、静座・合掌・浄心法が終わった頃に数回深呼吸を行うと心身の調和が容易である。
この日の静座の終わりには、注意していれば合掌している掌に霊熱が発してくることを感知出来る。

第二日
三十分から四十分位が適当な時間である。
御製の奉読はもちろん前記修得の方法を通読し更に、前日の静座気分を呼び起こして、それに引き続いて静座を重ねるのであるが、この日の静座の終わりには、合掌している掌に霊熱も増加してくるが、其の外に、ピリピリとした痺れのような感じを感知する事が出来るようになる。

第三日
四十分位が適当である。
静座の意義及び心得を、喚起追想して、謹厳に、御製を奉誦する。
このようにして静座気分を増進すると霊熱も追々早く出るようにもなり、ピリピリする霊波も強く感じてくる。
この霊波を体得するには次の方法で練習すると早く体得できる。
第四図のごとく静座の終わり頃に合掌している手を静座気分を乱すことなく、左右に二・三寸(6~9cm)位徐々に開くとピリピリする霊波は大きく両掌に感 ずるものである。また、静かに元の合掌に帰るときは両手が吸いつけられるような感じがする。この種の練習をするときは特に静座気分を乱さないように注意し なければならない。
この練習を4・5回繰り返すと霊波の感じを体得することが出来やすいものである。
※ 第五図参照

第四日
四十分から五十分位が適当。
静座・合掌して御製を奉誦すると、前日の心理状態が心に早く浮かんでくるようになる。従って静座気分も早く整ってくる。合掌の手掌も同じように発霊して来る。
二十分位静座が進んだときに、今度は両手を第六図のように握り合わせて膝の上に置き、静座を継続していると発霊の調子が合掌のときと同じようになってくる。
約十分間位過ぎたら、再び、合掌に移ると一層発霊の調子が整ってくるのである。
更に十分間位合掌した後、今度は第七図のように掌を直角にして、右手を左掌内と二・三寸位隔てをおいて静座に気分でいると左掌内に一箇所細い風が当たるよ うに涼しく感ずる所があるが、これは右手の中指を中心として放射している霊気が左掌内に当たるために感ずる感じである。従って左掌内随意のところに換えれ ば、其の換えたところに其の感じが移動してゆくのは当然である。
これらの練習を静座を交えて行うことは、発霊、及び霊感を体得するに大変有利である。この練習を行うとき、最初の内はなるべく閉眼のほうが良い。
この練習を終わるときは再び合掌に帰り、更に御製一首を奉誦して、其の日の静座を終わる。

第五日
一時間ぐらいが適当である。静座の要領は前日の通り進めなければならない。

御製を奉誦して約二十分間静座・合掌していると霊熱も霊波も調子よく発動してくるから今日も前日と同様の練習を二十分間位するのも良い。
それから合掌に移って、また二十分位すると発霊の調子が整ってくるから其のとき、第八図のごとく肩の「コッ」ている人の肩に右手を当てて左手は膝の上におき、今までと同じ気分になって、約十五分間位手を動かさず、一箇所に当てたままいると手から出た霊気が肩のコッた人に移っていくために(治療)手を取ると肩が軽くなってよい気持ちになり、「コリ」が解けるのである。
この時、肩に当てている右手にビリビリ「痺れ」のような感じがするがこれを「病感」と名付けている。
もし、其の病感が分からなかったら、右手を肩につけたままで左手(膝の上の)と其の感じを自分の心の内で比較してみると、感じが異なるものであるが、其の異なる右手の感じが皆、病感である。
この程度できるようになったら初歩としてはまず、卒業である。
この基礎を尊重してこれを幾回となく繰り返し、繰り返し、数多くすれば立派な治療が出来るようになる。

-心の統一が霊気療法の鍵-
霊気療法を施すうえで、何より大切なのは、治療の形式ではなく、真心(まごころ)という心の持ち方です。
具体的にいうと、「無欲」・「対価を要求しない」・「恩を着せない」・「慢心しない」です。
これが無いと、「霊気療法」は成り立たないのです。
なぜならば、「霊気療法」は、霊気の循環を通して、相手と一体になることだからです。
“気”がわかる人にとっては当然のことですが、相手の病腺を捉えるには、相手と融合して一体とならなければ、相手の悪いところが伝わってこないのです。
無心になって、「霊気エネルギー=生命の知恵」にすべてを委ねるということなのです。

最初のうちは、無心になろうとすると、かえって「次から次へと雑念が浮かんできて止め処が無い」ことがあります。こういうときには、自分の掌を感じるよ うに意識を集中すると良いでしょう。また、心を丹田に落とすことも重要です。心を丹田に置いて、腹で呼吸をすると、いつの間にか雑念は消えて「心の統一」 した状態になります。この「心の統一」ができるようになると、いままで出来ないと思っていた事が、いとも簡単に出来て住まうのです。これで、りっぱな「霊 気療法士」の誕生です。

注意することがひとつあります。
心を統一するには、頭を使ってはいけません。
「霊気療法」は、施術するたびに、掌がなにをすべきかを教えてくれるのですが、頭には先入観念が少なからずありますから、理論で物事を処理しようとするからです。只管意識を掌において、びりびり感、熱感、冷感、痛感などの病感(ひびき)を感じてください。

霊気療法は相互の心身が一体となって“気”を循環させますから、相手が風邪等で発熱している場合、施す側も全身が熱くなったり、汗が出たりします。同様に、邪気も移ります。
遊び感覚で「レイキ廻し」などやってはいけません。